潮騒
悲しいことに慣れ過ぎて、辛いことさえ日常のような街を抜ける。


濁流のように流れる人の群れ。


ショーウインドウにはすっかり夏物の服が並んでいた。


レンと別れても先ほどのことが気に掛かり、どうしてもショッピングをしようなどとは思えない。


ガラスに映った自分を眺め、ため息を混じらせていたその時、



「もしかして、ルカちゃんじゃないか?」


少ししゃがれた声の主。


振り返ってその顔を確認した時、驚きのままに声も出せなかった。



「…三坂、さん…」


三坂さん――マクラをやっていた頃のお客様だ。


とても50代には見えない凛々しい彼は、



「少し話せないかな?」


少し首を傾けてそう言った。



「どうしてももう一度会いたいと思っていたら、まさかこんな再会をするなんて。」


逃げようと思えば逃げられたのかもしれない。


けれどいつの時も、過去はこびり付いたように離れてはくれないから。


まだ少しばかり雨の臭いの混じった生温かな風が、頬を撫でた。


スーツ姿の三坂さんは、優しい笑みであたしを見る。

< 306 / 409 >

この作品をシェア

pagetop