潮騒
マサキの言葉に、彼は肩をすくめながらも、



「戻れるなら、もう一度だけでもあの頃に戻ってみたいなって、最近よく思うんだ。」


「………」


「マサキが運転する単車のケツに乗って街を流しながら爆音を響かせて、みんなで悪いことばっかしながらツルんで笑って。」


昔を懐かしむような目で、チェンさんは言葉を手繰り寄せる。


が、マサキは拳を作ったまま、何ひとつ返さない。



「このビルが出来て面白半分で忍び込んだのも、そんな頃だったよね。」


「………」


「屋上に通じるセキュリティーのパスワードをふたりで入手することに躍起になって、結局はそれが元で情報屋をやり始めたんだっけ。」


「………」


「ねぇ、あれから何年が過ぎちゃったんだろうね。」


再びこちらへと向けられたその瞳は、どこか悲しみを帯びていた。


オッドアイが細められる。



「ここを“天国に一番近い場所”って名付けたのは、マサキだったね。」


「………」


「この街で一番星に近くて、そして飛び降りたら本当に星になれる場所だから、って。」


この街で一番星に近くて、そして飛び降りたら本当に星になれる場所。


チェンさんはまたクスリと笑い、



「俺はもうゲームオーバーになっちゃったみたい。」

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