潮騒
その瞳に、迷いなんて見られなかった。


マサキは戸惑うようにトカレフを握り締めながらも、次には冷たい瞳を持ち上げた。



「嫌になったから殺してくれだなんて、随分とお気楽で短絡的なこと考えて。」


「………」


「所詮、てめぇなんて結局は、その程度ってことだろ?」


それでもチェンさんは動じない。



「マサキがどう思おうと、世の中に最初から存在していない俺は、初めからどの程度でもないんだよ。」


「………」


「だから、いなくなることが当然なんだ。」


彼が最後に吐き出した煙は風に消え、投げ捨てられた煙草は足元に転がった。


そしてそれを踏みにじりながら、



「死にたいんだよ、俺。」


初めて見せた、弱々しい瞳。


チェンさんは唇を噛み締める。



「唯一の光さえ失った世界じゃもう、生きたくはないんだ。」


「ふざけんな!」


マサキは声を荒げた。



「散々騒ぎを起こしといて、ダメになったら尻尾巻いて死にてぇだなんて、てめぇはいつからそんな風になったんだよ!」


「………」


「人を蹴落としてでも生き抜いてやるって、昔俺に言ったろうが!」

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