潮騒
マサキは今にも飛び掛かりそうな勢いだった。


けれどチェンさんは、それを受け流すような顔をして、一歩、また一歩と、闇色の空との境界線へと足を進める。



「…チェン?」


刹那、マサキの声色は不安そうにトーンダウンしたが、



「やっぱりマサキはマサキのまま、昔から変わらないね。」


そしてチェンさんは振り向いた。


その背中越しにあるのは、強い風が舞うビルの谷間。



「ねぇ、お願いだから。」


「………」


「最期は自殺なんてダサい真似したくないし、せめてマサキに殺されたいんだ。」


「…お前っ…」


「それにもう、俺が死ななきゃ収拾つかないところまできてるでしょ。」


マサキは目を見開いて、そして唇を噛み締めるように顔を俯かせた。


次に彼が顔を上げた時にはもう、何かを決意したような瞳だった。


マサキは両手で握り締めたトカレフを持ち上げる。



「…ちょっ、マサキ…!」


それにはさすがにあたしが驚いた。


何があったからといって、そんな目をして本当に人を殺そうというのか。


ぎろりと睨むような瞳をしている、彼の腕の黒い唐獅子。



「お前は黙って見てろ!」

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