潮騒
マサキの手に、震えはない。


血走ったその瞳。


だからあたしの方が怖くなって、必死で制する。



「やめてよ、お願いだから!」


けれど、彼は引き金を引いた。


刹那、パーン、という乾いた音が空(くう)を切り裂く。


でもその鉛の玉は、誰をかすめることなく消えた。


硝煙の臭いが風に流れる。



「あーあ、残念。
一発分、損しちゃったね。」


チェンさんは本当に残念そうな顔だった。


震えた息使いのマサキは、自らの手の平へと視線を落とし、蒼白な様子で膝から崩れ落ちてしまう。


ガチャリ、とトカレフもまた、地面に転がった。


やっぱりこんなの、彼らには似合わない。



「こんなのおかしいよ!
殺すとか殺されるとか、そんなことでしか解決できないはずなんてないんだから!」


なのに、チェンさんは笑った。



「もう、何もかもが遅すぎるんだ。」


そして彼は宙を仰ぐ。



「やっぱり自分のケツは自分で拭くしかないみたいだね。」


「…何、言って…」


「ルカちゃんはさ、その優しさを胸に、一生マサキの傍にいてあげて。」

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