潮騒
チェンさんはそこを、まるで平均台に乗った子供のように歩く。


いつものままの、笑った顔で。



「マサキに頼むのはやっぱりちょっと酷だったみたいだし。」


「………」


「何より、そろそろ時間切れだからさ。」


とん、と一段高くなった場所へと足を踏み出す彼。


あたしとマサキは目を見開いた。



「おい、チェン!」


なのに、



「最期に言いたかったこと、頭の中にいっぱい用意してたはずなのに、いざここに立ってみるとそんなのどうでも良くなるんだね。」


「チェン!」


「だから、今までありがとね、ってことだけ言っとくよ。」


そして、それは一瞬だった。


風が強く舞い上がり、その中へと飛び込むように消えてしまった、チェンさん。


目に焼き付いた最期の姿は、まるでスローモーションのようだった。


ふわりと浮いた体が見えなくなる瞬間の、笑顔。



「あの世でまた遊んでね。」


そんな風に見えた、唇の動き。


あたしとマサキは、それでも彼の名を呼び続けていた。











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