潮騒
「ちょっと他の卓の様子見てくるから、待ってて。」


彼はそう言い、ひとり席を立った。


昔の面影さえない後ろ姿。


同い年で気の合ういとこのレンとは昔から、お父さんのことなんて関係なしに、ずっと仲良く一緒に過ごしていた。


学校は違ったけど、それでも互いに悪い連中とつるんでいたし、それこそ彼の悪名は他校にまで知れ渡っていたほどだった。


レンは強くて、そして一匹狼のスタンスを崩さなかった。


そう、それは16歳だったあの日も同じ。


ひどくあたたかかった春休みに、ひとりで街をふらふらとしていたレンは、前々から何かとトラブルになっていた他校の連中に囲まれた。


喧嘩というよりは、リンチに近かったのだと思う。


それでも彼は相手のうちのひとりに殴り掛かり、必死で抵抗していたらしい。


結果、やられた少年――宮城くんは壁に頭を強打し、今も意識不明のままだ。


植物状態というものらしいけど。


レンは完璧に正当防衛が認められたが、それでも彼は自分自身を許そうとはしなかった。


高校を辞め、宮城くんへの罪を償う道を選んでからは、彼はなりふり構わず金を稼いでいる。


自分を襲い、逆に意識不明になってしまった男のために、今も、これからも。


頼まれもしていないのに、毎月多額の金を、欠かすことなく宮城くんの病室に運ぶことだけが、彼の生きる意味。


だからレンは色マクラなのだ。


例えどれだけの人に囲まれ、笑顔を絶やさずとも、その心が閉ざされたままだということを、あたしだけは知っている。


宮城くんへの償いのために生きるレンと、お母さんへの償いのために生きるあたしは、この世界で唯一分かり合える存在なのだ。

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