潮騒
裁く法律がなければ、それで良いのだろうか。


自分のために人が死んだというのに、彼女は何も感じないのだろうか。



「チェンさん、最期まであなたのこと悪く言ったりなんかしませんでしたよ。」


「………」


「なのに、どうしてっ…」


次第にあたしの語尾は震えていく。


それでもスミレさんは表情を変えないままに、



「人はいつの時も、誰かを犠牲にすることでしか生きられないの。」


彼女はこちらに近付いてくる。



「金が支配する世界で生きるって、そういうことでしょ。」


「………」


「あたしは愛なんて信じないし、そんな理想を掲げて生きるなんて出来ない。」


鼻先が触れそうな距離だった。


冷たく濁ったような、でもどこか悲しそうにも見える、その瞳。



「でもね、嫌にもなるわよ。」


ふっと緩んだそれのまま、スミレさんは視線を外す。



「チェンが夜ごとあたしの夢枕に立つ度に、無言で責め立てられてるみたいに感じるの。」


「………」


「けど、もう引き返せないから、あたしはこの道を進み続けるしかないのよ。」


今となっては、借金のカタに石橋組の組長に買われたという話が、嘘か本当かはわからない。


そしてこの人の本音もまた、どこにあるのかわからない。

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