潮騒
マサキが、石橋組長を狙ってる?


混濁しそうな思考の中で、それだけが浮かぶ。



「復讐だか友情だかは知らないけど、普通、死んだ人間のためにそこまでするかしら。」


「………」


「まぁ、彼が消されるのなんて時間の問題でしょうけどね。」


擦り剥いた手の平や膝がピリピリとした痛みを放っている。


スタンガンを当てられた場所もまた、きっとやけどのようになっていることだろう。


けど、でも、今はそれよりもずっと、スミレさんの言葉に戸惑ってしまう。



「…消される、って…」


「こっちも面倒事なんて御免だし、マサキとかいう男も殺されたくなんてないでしょうから、わざわざ忠告してやってるんじゃない。」


ありがたく思いなさい。


そう言った彼女は、また鼻で笑うような顔をした。



「姐さん、この女どうします?」


男の問いに、放っときなさい、とスミレさんは軽くあしらってから、



「でも、この街は少しゴミ虫が多すぎるから、一掃されてしかるべきなのかもしれないけれど。」


カツン、カツン、と去っていくヒールの音。


鉛のように重くなった腕を上げ、手を伸ばしてみても、届かない。


焦げ付くようなアスファルト。


路地裏の独特の匂いの中で、彼女の真っ赤な靴が次第に遠くなっていく。


あたしはその場に倒れ込んだ。


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