潮騒
残暑と呼ばれるようなものさえなくなり、最近は随分と涼しくなったと思う。


今日はお兄ちゃんの月命日。


墓標に真新しく刻まれたお母さんの名前のくぼみを指でなぞる。


唯一あたしに出来たのは、お兄ちゃんと同じ墓に入れてあげることだけだ。



「いなくなって、寂しいか?」


一緒に来ていたレンは、少し困ったようにそう問うてきた。


あたしが曖昧な顔しか出来ずにいると、



「まぁ、あんなんでも一応はお前の“母親”だったわけだしな。」


と、彼は肩をすくめたようにそれだけ言った。


生きている人と、死んでゆく人。


それは自然の摂理であり、どうしようもないことであって、なのにどこか悲しかった。



「お兄ちゃんにも、お母さんにも、もう会えないしね。」


風が吹き抜けて、線香の僅かに昇る煙が揺れる。


先に立ち上がり、サングラスを掛けたレンは、煙草を咥えて一呼吸置き、



「あの男は?」


「え?」


「氷室正輝だよ。」


「………」


「アイツにも、もう会わないつもり?」


突然に出た名前にひどく驚いた。


マサキとはあの日以来、連絡を取ることはおろか、その消息さえも定かではないのだから。



「会わないも何も、もう終わったことだって言ったでしょ。」

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