潮騒
いつもレンは、あたしが体を売る必要なんかない、と言う。


この街を出て、お母さんの知らない場所に行けば、ちゃんとした人生に戻れるんだから、と。


でも、それはつまり、忘れろということだ。



「今のお前見ても、ユズルくんは喜ばねぇよ。」


レンの言いたいことはわかってるし、もう何度となく聞かされてきた言葉。


けれど何もかもを忘れて新しい人生を生きるなんて、やっぱりあたしには無理だと思う。



「まぁ、償いと自己満足なんて、いつも紙一重なんだろうけどな。」


彼は自嘲気味にそう漏らした。


宮城くんのためにというレンは、どちらの気持ちが強いのだろう。


なんて、聞くことは出来ないけれど。



「なぁ、お前は今も恨んでるのか?」


「………」


「あの犯人のこと、憎いって思ってる?」


お兄ちゃんを轢き殺した人のこと。


こんなことになったのはアイツの所為だと思っていたこともあったけれど、でももう今は、よくわからない。


憎しみをいくら増殖させたって、死んだ人は生き返ったりなんかしないのだから。



「そういうこと考えたくないし。」


と、首を振って見せたのに、



「俺は憎いって思ってるよ。
ユズルくんのこと殺したヤツも、お前の母親も、どっちも許そうとは思わねぇ。」


レンは優しすぎるんだ。


それが痛いほどに伝わってくるから、悲しくなる。

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