潮騒
無意識のうちに腕時計ごと左手首をさすると、彼はあたしから目を逸らした。


それは夜の世界に入るより少し前のこと、何もかもが嫌になったあたしは、突発的に自殺を図った。


リストカットだ。


なのに死に切れもせず、醜い傷だけが残ってしまったあたしを見て、レンも同じように手首を切った。


これでお揃いだから恥ずかしくねぇだろ、と言って。


だからあたし達の左手首には、今はすっかり薄くなってしまったけれど、でもあの日の傷がまだ残ったままなのだ。


どうして彼がそんなことをしたのかはわからないけれど、それでも少しばかり救われた気がした。


だからあたしとレンは、愛だとか恋だとかじゃなく、互いに依存しすぎているのだろうと思う。



「手首、痛ぇの?」


あたしはかぶりを振って見せる。



「あの頃のこと、ちょっと思い出してたの。」


「………」


「もしもレンが他人だったら、あたし絶対好きになってただろうな、って。」


「でも俺らが付き合ったって、上手くいくはずねぇ。
だから神様は、俺らを親戚としてこの世に産み落としたんだ。」


神様だなんて、らしくない台詞だ。


だから笑ってしまうと、レンも少しばかり笑みを零した。



「まぁ、今更俺らがどうにかなるなんて、想像するだけでもありえねぇよ。」


「あたしアンタの色カノに刺されたりするのだけは御免だしね。」


「ははっ、それ怖ぇな。」


「笑い事じゃないよ、ったく。」

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