潮騒
「ちょっと出掛けてくるから、アンタはこの馬鹿のこと見張ってろ。」


と、言ったヨウさんは、静かに部屋を後にした。


命令口調は癖なのだろうか。


訪れた静寂の帳の中、改めて見たマサキは、まるで小さな子供のようだ。


離れていた間に何があったのかなんて、想像するだけ悲しくなる。


チェンさんの死をひとりで抱え、クスリに頼りながら目指す、復讐。


涙が込み上げてくる。



「マサキ…」


死人のように熱を失った、その指先。


もしかしたら彼は、復讐を糧にすることでしか生きられなくなっているのかもしれない。


だとしたら、あたしの存在は何の意味もなさなくなる。


あたしが傍にいて、もし仮にこんなことを止めさせられたとしても、それは彼を救うということとはまた違う問題だから。



「…マサキ。」


ソファーの下でうずくまり、膝を抱えてあたしは、肩を震わせた。


と、その時、バッグの中でマナー音が鳴り、見ると、レンからの着信が続いている。


けれど今は話す気にはなれず、何よりマサキが起きては困るからと、無視を決め込んでおいた。


それでも一度切れた着信は、再び2度、3度と長く続く。


さすがに何だろうかと思ったが、通話ボタンを押そうとした瞬間、それは途切れ、不在通知に変わってしまった。


すぐに掛け直さないのは悪い癖だと何度もレンに怒られているのに、それでもこの時のあたしはまた、後で良いやと携帯を閉じた。


疲労により、ひどい睡魔に襲われる。

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