潮騒
いつぶりに、マサキのそんな顔を見ただろう。


早くしろよと促されたあたしは、無理やりにおにぎりを食べさせられ、それを確認したマサキは、財布と煙草とキーケースを持ち上げた。


まさか荷物はそれだけなのだろうかと驚いたが、「他は全部ヨウさんに処分してもらうから。」と、彼は言った。


さっきの今だ。


相変わらず、思い付きで行動する性格に変わりはないらしい。


こんな時間にもかかわらず、昨日の雨の影響で、今も世界は薄暗い。


マサキに引っ張られる形で一階のお店へと連行されると、カウンターで酒を飲んでいたヨウさんはこちらに気付き、



「まぁ、迷惑料は出世払いで必ず返せ。」


と、偉そうな口調で言い放った。


あしらうように笑ったマサキを見た彼は、冗談だよ、なんて真面目な顔で肩をすくめ、



「お前それより、マジで決めたんだな?」


「…はい。」


「ホントに良いのか?」


「しつこいっすよ、今更。」


「でも、その子は知らねぇんだろ?」


「ルカには俺からちゃんと伝えます。」


きっと先ほど話していたことなのだろうけど、やっぱり何なのかと思ったあたしに「後でな。」と念を押した彼は、



「じゃあ、世話になりました。」


そう言ってヨウさんに頭を下げ、その程度の挨拶だけを残し、さっさと店を後にする。


あたしも焦ったように会釈だけし、マサキの背を追った。


朝もやに彩られた世界は、ひどく幻想的だった。

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