潮騒
煙草の煙をくゆらす彼にもたれ掛かり、ふと、その左腕に存在する唐獅子に、指の先を這わせてみた。


他を威嚇するような眼で牙を剥き、地を這うように突き立てられた、尖った爪。


そして斑目模様の体の背景で、鮮やかに咲き誇る真っ赤な牡丹。


美しくて、けれど見入っているとどこか悲しくなる。



「それ、気になる?」


マサキは自らの腕を一瞥し、自嘲気味に煙を吐いた。


刺青とか、ピアスなんかもそうだけど、身体改造にハマる人というのは、どこか自分が生まれ変われるような、強くなれるような錯覚を起こすのだと聞いたことがあるけれど。


そのために彫られたものだとしたら、マサキの心の闇とは何なのか。


けれどそんなこと、口に出せるはずもない。


長く煙を吐き出した後で、彼は煙草を灰皿へとなじり、宙を仰ぐ。



「昔、俺結構ムチャしてたことあって、正直もう人生どうなっても良いや、とか思ってたんだけどさ。」


「………」


「でもある人に助けられて、すんげぇキレられて、それからはまぁ、ちょっと真面目になろうかな、って意味で彫ったんだ、これ。」


過去を懐かしむような、なのにどこか寂しそうなその瞳。



「まぁ、その人もういないけどね。」


付け足されたような最後の一言が、部屋の闇に小さく消えた。


マサキはまた息を吐く。


堪らないほどに重くなった空気を掻き消したくてあたしは、



「ねぇ、唐獅子って、魔除けの役割があるってホント?」


「よく知ってんな。」


「じゃあ、アンタの腕のこれ、触ってるとご利益あるのかな。」


だと良いけど、なんて彼は笑う。

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