潮騒
彼はあたしの手首の古傷に気付いているはずなのに、でも何ひとつ聞いてくることはなかった。


マクラのことにしてもそうだ。


聞かれたって理由を答えられるわけではないけれど、それでもどうしてこんなあたしに、嘘でも会いに来たなどと言うのか。


煙草を取り出し、火を付けた。


けれど一口吸ったところで、それは容易くマサキに奪われてしまう。


彼はあたしの煙草を咥えてから、眉をしかめて煙を吐き出した。



「メンソールなんて邪道だろ。」


「そっちこそ、メンソールの入ってない煙草なんて、煙草じゃないよ。」


意見の相違に、だけどもちょっとだけ笑ってしまった。


静かすぎる帳の下りた真っ暗な部屋で、まるで秘め事でも話してるみたいに小さな声で。


それは穏やか過ぎる世界だった。


でも静寂なんてものは、ひどく簡単に打ち破られる。


明け方も近いこんな時間なのに、彼の携帯はお構いなしに軽快なメロディーを響かせる。


マサキはディスプレイを確認し、舌打ち混じりにあたしに背を向けた。



「あぁ、うん、そりゃわかってるけど、俺の範疇じゃねぇし、お前が勝手にしとけよ。」


冷たくて、無機質な声色。



「知らねぇよ、そんなもん。
向こうがあんま面倒なことばっか言うようだったら、その時は…」


その時は?


けれど、続きを言うより先にあたしに気付いた彼は言葉を飲み込み、とにかく頼んだぞ、と電話を切った。


同じ場所で生きてるはずなのに、なのにちっとも寄り添い合えないね。


何を望んで、あたし達は一緒に過ごしているのだろう。

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