潮騒
まるでふざけているみたいに、チェンさんはケラケラと笑う。


どうやら本当にまともな会話は期待できないようだ、と思い、肩をすくめずにはいられない。


が、彼は至って真面目な顔をして、



「俺ね、戸籍ないから、本当はこの世に存在してない人なの。」


「……え?」


「でもそれ、何かお化けみたいで面白いでしょ。」


言ってる意味はまるでわからないけれど、でもあながち嘘にも聞こえない。


チェンさんは背もたれに体を預け、煙草を咥えて宙を仰いだ。



「だから唯一わかるのは、“チェン”って名前を付けられた、ってことだけなんだ。」


彼がそこまで言った時、話を遮るように店員が、食べ切れるのかと見まごうような量のメニューを運んできた。


これ全部、先ほどチェンさんが注文したものだ。


すると急に目を輝かせた彼は、またにこにこしながら「いただきまーす!」と食事に手をつける。


相変わらず、そこに緊張感なんてものは欠片もなく、やっぱりどこか子供のようだけど。



「ちょっと、そんなに食べられるんですか?」


「欲しいって言ってもあげないよー。」


「…いりませんって。」


俺すごい燃費悪いからさぁ、なんてチェンさんの台詞。


一向に止む気配のない雨音を聞きながら、今更ながらにどうしてこんな人と向かい合う羽目になったのかと、あたしはため息混じりに頭を抱えた。


でもどこか憎めない男だ。

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