潮騒
「ルカちゃん、ホントに何も食べなくて平気なの?」


「別にあたし、あなたの食事風景を見てるだけで満腹になりそうなんで。」


頬杖をついて呆れ気味に言ってやると、チェンさんはははっ、と笑ってから、



「まちゃまちゃと同じこと言うんだね。」


いや、こんなの見せられちゃ、誰だって同じようなことを言いたくなると思うんだけど。


でも彼は口角を上げてから目を細め、



「ねぇ、正直な話、アイツとどういう関係なわけ?」


そんな質問の答えなんて、あたしに持ち合わせているはずもない。


決して恋人なんてものじゃないし、だからってお客でもなく、むしろこっちが聞きたいくらいだ。


交換しただけで一度として使ったことがない携帯の番号に掛ける要件なんてものもなく、あたし達の関係に名前はない。



「じゃあさ、俺らの仕事って知ってる?」


「情報屋でしょ。」


「それ、どう思う?」


瞬間に呼び覚まされた記憶は、あの日、眉間に突き付けられた黒い金属塊の恐ろしいほどの冷たさだった。


チェンさんの瞳は嘲るように弧を描く。



「俺らはね、情報を得るためには何だってするし、それこそ命掛けてるわけ。」


つまりはそのためなら危ない橋を渡ることだってあるし、時には女を抱くこともある、という意味だろうけど。


あたしの前では仕事のことになんて一切触れないマサキとはまるで正反対に、彼は饒舌に、何ひとつ隠すこともなさそうな口調で語る。



「そうでもしなきゃ、俺らみたいなのは生きていけないからさ。」


確かマサキも前に、似たようなことを言っていたけれど。


この人たちが抱えているものとは、一体何なのか。

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