潮騒
チェンさんはそれからすぐに、目の前にあった数々の皿に乗った食事を完食した。


この細長い体のどこに収まったのかは謎だけど。


そして10分ほどが過ぎた頃、ほとんど客の消えた店内の扉が開いた。


少し息を切らした様子のマサキがむすっとした顔で近付いてきて、あたしは愛想笑いを浮かべることしか出来ないでいる。


が、チェンさんは咥え煙草でご機嫌そうに、



「随分とお早い御到着で。」


「そりゃあてめぇが余計なこと言わねぇか心配でな。」


「ひどいなぁ。
俺はただ、ルカちゃんと席を共にしてただけでしょ。」


その返答に、マサキは呆れたように息を吐いた。


きっといつもこんな感じなのだろう、心底彼の苦労がうかがい知れる。


なのに鼻歌混じりのチェンさんは、



「あ、もうこんな時間じゃん!」


と、腕時計を確認し、伝票を持って立ち上がった。



「俺これから用事あるし帰るから、あとはふたりでお好きなように。」


「はぁ?
お前何言ってんだよ!」


「つーか、別にマサキなんか呼んでないし、勝手に来といてそっちが怒るのは筋違いってもんでしょ。」


口元を引き攣らせるマサキを無視で、彼は手に持った伝票をひらひらとさせた。


どう見たって、わざと怒らせて楽しんでるようにしか思えないけれど。



「ルカちゃん、ばいばーい。」


チェンさんの背を見送りながら、まるで嵐が去ったようだと思った。


マサキも宙を仰いで脱力する。

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