潮騒
あの後、美雪と別れてすぐに、馴染みの客からの電話が入った。


いつものラブホの、いつもの部屋。


あたしは荒い息で体をまさぐられながらも、意識が遠く沈んでいく。


思い出すのは、先ほどの会話。


それがぐるぐると回りながら、脳裏にこびり付いたように離れてはくれない。


手首の古傷は、もう抑えも効かないほどに痛みを放っていて、こんな行為を醜く塗り潰している。


男は体を上下させながら、



「…すごく良いねっ…」


と、まるでうわ言のように漏らしていた。


吐き気がする。


その度に、もしも今、お兄ちゃんが生きていたなら、と、ありもしないことを考えてしまう。


9歳だった彼を追い越して、あたしだけが大人になってしまったね。


男が吐き出した白濁とした欲望が、腹部から垂れ伝う。


鼻を刺すような匂いが部屋に広がった。


体を起こすと、彼は備え付けの冷蔵庫からビールを取り出し、それを傾ける。



「実は先日、妻といさかいになってね、家じゃ当分口もきいてくれない。」


「あらあら。」


あたしの言葉に男は肩をすくめながら、



「まったく、長く一緒に暮らしてたってこんなもんさ。」


「結婚生活って、あたしちょっと想像できません。」


ルカちゃんが結婚すると寂しいなぁ、と言いながらも、彼は、



「相手と同じ墓に入りたいと思うかどうか、じゃないかな。」

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