潮騒
「思わないんですか?」


思わないよ、と男は再びビールを流す。


じゃあお父さんも、お母さんと同じ墓に入りたくはなかったのだろうか。


なんて、今となってはどうだって良いけれど。



「愛なんて所詮は3年も経てば消えてしまうものだし、アイツのために生きるなんて御免だ。」


「………」


「御託を並べたって結局は、人は誰かのためになんて生きられないからね。」


人は、誰かのためには生きられない。


頭の中で反すうさせると、またちくりと左手首の古傷が痛みを放つ。


けれど酒の入った彼は饒舌だった。



「奉仕の精神だって自己満足だし、金だけが、唯一この世界で嘘のないものだ。」


「………」


「まぁ、それは憎しみを生むものでもあるけどね。」


悲しい台詞だ。


男がテレビをつけると、夜のニュースが流れていた。


どこかの殺人犯が、殺してやりたいほど憎かったから、と供述しているらしい。



「ほらみろ、こんなもんだよ。」


痛くて、冷たくて、真っ黒でぐちゃぐちゃの、この世界。


光はどこにあるのだろう。


希望じゃなくても良いから、せめて――。

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