潮騒
それが、あたしがここに誘われた本当の理由ということか。


わざわざ店までやってきて、高い酒を注文し、セックスまでしなくとも、拉致った方が簡単だったろうに、随分と手の込んだことだ。



「ひとつくらいはパスワードになりそうな何か、思い付かねぇか?」


彼は銃を突き付けたそのままに、あたしへと顔を近づける。



「何だったら、思い出す手伝いしてやっても良いんだけどな。」


目を細め、首元が鷲掴まれる。


苦痛に顔を歪めながらも、あたしは唇を噛み締めた。



「随分と強情そうに振る舞ってるみてぇだけど、殺されるかも、ってわかってんのか?」


「殺したいなら殺せば良いじゃない。」


「北浜のためなら死んでも良い、って?」


「馬鹿言わないで、あんな人のことなんてどうだって良いわよ。」


言って、息を吐いた。



「あたしもう疲れたの。」


そうだ、あたしは生きることに疲れ果てたんだ。


客と寝て金を稼いだところで、それが一体何になるのかもわからないから。


彼はまた目を細め、首を傾けながら、



「言えよ、何か知ってんだろ。」


思い当たる数字は、確かにひとつだけある。



「その前に、あたしも聞きたいんだけど。」


「あ?」


「アンタ、ホントは何者なの?」

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