潮騒
ワンワン、キャンキャン、とうるさい動物達と、独特の臭いが嫌。


彼はそれでも中へと入っていく。


すると一番奥には“ふれあいコーナー”と書かれていて、柵越しにだが、犬達が放し飼いにされていた。


どうやら自由に触ったりして良いらしいが。


でもあたしは手の平がじんわりと汗ばんできて、全身の毛穴が開いてしまったみたいな感覚に襲われる。



「お前って見た目だけだと、小型犬とか飼ってそうなイメージなのに。」


「ちょっと、勘弁してよ。
あたしこんなうるさくて毛むくじゃらの物体なんか、一億貰ったって世話できない。」


なのにマサキは無邪気に笑っていた。


吐き気がして、だから早くこんなところから出たかったのに、



「そんなん言うなって、ほら!」


と、彼はそのうちの一匹を抱え上げ、あたしに差し出してくる。


愛くるしい子犬の瞳に、ぞっとした。



「いやっ!」


だから無意識に振り払うと、マサキはひどく驚いた顔をする。


体中が震えて、呼吸さえも出来なくなりそうで、あたしは逃げるように店を飛び出した。


路地裏まで来たところでうずくまると、冷たい風が吹き上がった。



「…何でなのよ、もうっ…!」


どうして思い出すばかりするのだろう。


お父さんの後ろ姿、お母さんの形相、お兄ちゃんの笑顔と、血まみれになったあの瞬間。


それがぐるぐると回りながら、取り留めもなく頭に浮かび、また手首の古傷がひどい痛みを放ち始めた。

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