潮騒
そう、あれはお兄ちゃんと公園に行った帰りのこと。


もうすぐ日も暮れるからと、手を繋ぎ、並んで歩いていた時だった。



「そういえばね、学校からの帰り道にあるおうちに犬がいて、この前赤ちゃん産んだんだよ!」


「…犬の、赤ちゃん?」


「すっごく可愛いんだ!」


思い出したように言ったお兄ちゃんの言葉に、幼かったあたしは目を輝かせた。



「見たい、見たい!」


「ダメだよ、もう遅いんだからー。」


「でも今すぐ見たいの!
じゃなきゃルカ、おうちに帰らない!」


5時を過ぎるとお母さんに怒られることはわかっていた。


それでもあたしは駄々っ子のように、地団太を踏んでお兄ちゃんに訴えた。



「んー、だってなぁ。」


と、彼は腕時計を確認する。


お兄ちゃんが誕生日に買ってもらったそれは、まるで大人の人みたいで、すごく羨ましいと思っていた、あの頃。



「じゃあ、ちょっとだけ見たら、走って帰るって約束できる?」


「うんっ!」


お兄ちゃんはどこまでも優しかった。


あたし達は手を繋いだそのままに、大通りを渡り、少しの距離を歩いてから、民家の庭先を覗き込んだ。


可愛いわんちゃんが、身を寄せ合ってお乳を飲んでいる。


あたしはそれを見て、満面の笑みになった。

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