潮騒
「おい、いきなり何なんだよ!」


腕を掴まれ無理やり立たされるが、足元さえもおぼつかない。


マサキの顔が見られなかった。



「ったく、どんだけ探したと思ってんだ。」


決して犬が嫌いなわけではない。


本当はあの日、犬が見たいと言ったあたし自身が許せないだけなんだ。



「…ごめ、なさい。」


ごめんなさい、ごめんなさい。


まるでうわ言のように呟くあたしに彼は、ため息だけを混じらせた。


泣きたくはなかった。


だから顔を俯かせたのに、手首は千切れてしまいそうなくらいの痛みを放っている。



「…あっ…」


でもそこをさすると、いつも愛用している時計がないことに気が付いた。


マサキの部屋に忘れてきたんだ。


けれどあたしは痛みに耐えきれず、掻き毟るように爪を食い込ませた。


なのに、



「ルカ、おい!」


腕を掴まれ制される。


手首の古傷が、乾いた風に醜く晒された。



「…やめっ…」


それでもマサキはあたしの顔を見て、



「なぁ、前から思ってたけどさ、この傷って、何?」





< 94 / 409 >

この作品をシェア

pagetop