Brute ―あいのうた、きみのうた―
部屋に招き入れると、香波は小さく一礼し「お邪魔します」と無人の部屋の中に呼びかけた。

しょっちゅう来ていて、誰に遠慮することもないにも関わらず、律儀にもこうするのは香波の中で決まり事になっているようだ。


部屋に上がると、香波は小さな机に目をやった。

パソコンの台になったり、メシを食うのに使ったりするそれの上には、現在クリアファイルが乗っている。
その中身は、昨夜遅くまで頭を悩ませたものの、結局内容が固まらなかったエントリーシートだ。


「今度はどういうとこ受けるの?」

香波は何でも無いように言った。


それが何故だか無性に胸の苛立ちを刺激した。

それを言葉にするのは堪えたものの、抑えきれない思いが香波の手を掴ませた。
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