僕は
 ずっと今の法律事務所で働き続けていた。


 奥さんと娘さんを亡くされてからもずっと。


 そう言えば、須山の部屋の一角に写真が飾ってある。


 家族三人で写った古い写真だ。


 それを見て思ったのは、須山が死んだ妻子のことを忘れられないことである。


 だから再婚せずに独身を通しているらしい。


 人間は誰でも他人には簡単に言えない過去を持っている。


 秘密として。


 今、食事を取っている横顔をチラッチラッと見ていると、それが手に取るように分かった。


 業務時間はすでに始まっていて、ゆっくりする暇はない。


 須山が卵掛けご飯を食べ終わり、牛肉とタマネギの炒め物も食べてしまうと、立ち上がり、


「先行くぞ。食事代は出しとくから、食べ終わったら事務所に戻ってこいよ」
< 138 / 359 >

この作品をシェア

pagetop