僕は
 裁判をずっと見守る気でいた。


 弁護士業務は続けていたのだが、事務所内の内線電話で須山からよく言われる。


「もう野川の裁判に首突っ込むな」と。


 つまり余計な裁判に関わるような時間があるなら、自分の足元を固めろということである。


 そうするつもりでいた。


 確かに野川義勝に死刑判決が下されたのは重い。


 弁護士が所属する日弁連は死刑制度の廃止を求めている。

 
 弁護を担当する川谷も通常の弁護士と同じく日弁連に所属しているので、当然被告人の死刑回避は念頭にあるだろう。


 よくテレビ番組などでもこの重い制度について語っていた。


 野川がビルに発火装置を仕掛けて、ビル本体や人を焼いたことは事実である。


 だが仮に控訴審まで負けたにしても、最高裁に上告する可能性があったし、死刑が確定しても即実行されるわけじゃない。
< 293 / 359 >

この作品をシェア

pagetop