双華姫~王の寵姫~
誰もいないと思っている那智は泣いた姿のまま引き続けている。



しかしその那智の音色に引きつけられるように王はそばにやってきていたのだ。




廊下を歩いている時は優しい琴の音と歌声だと思っていたが、梅の木の所へきて気付いた。



これは…悲しい歌だ…。




音色は優しいけれど、歌われる歌は悲恋の歌。誰を思って歌っているのかは分からないが、姿を見る限り自分の事ではない事くらい王にも分かる。




後宮に入ってくる女は二種類だ。



身内によって嫌々押し込まれる者と、登り詰めてやるという野心を持っている者。




幸か不幸か今後宮にいる姫達は後者の者達ばかりだ。だから競って王である自分を奪い合う。




思われるのは嬉しくないが、思われないのも面白いものではない。



ここに訪れた時は優しい音色に癒されていたのに、今は聞けば聞くほどムカムカしてくる。




初めての思いに王は人知れず戸惑っていた…。




そこに小さな今にも消え入りそうな声で那智が一人の男の名を呼んだ。



覚えのあるその名前に心が少しだけ騒ぐ。そして自分が聞いた事のない那智の艶のある声に体が熱くなる。






今まで感じた事のない感情の名を王が気付くのは長い長い時間がかかる事になる。



そして嵐は気付かない間にもじわじわとしかし確実に近付いてきていた。

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