双華姫~王の寵姫~
あれから那智が泣くところは一度も見ていない。




ただ時々あの梅の木の下で悲しそうに枝を触っているのを何度か見たくらいだ。まるでそこに文でも探すかのような那智の姿は年相応の少女に見えた。




落ち込んでいるのかと思えば、梅の木以外では普段通り人形のような笑顔で自分を見ている。




まるで自分の意志などない。ここにいるのは人形なのだ。



そう言わんばかりの那智の瞳は生きる意志を感じられない。





泣きながら琴を弾いていた那智の方が、危うい雰囲気はあったものの確かに生きていると感じられた。



何度か那智の下を訪れようかとも思ったが、何故か行けない。そのくせ那智がそれを何とも感じていないのが気に入らない。




今までどの姫を後宮に入れても感じた事のない自分の気持ちに、王の苛立ちは募るばかりだった。




「失礼します。入ってもよろしいでしょうか?」




幸也が扉を叩く音がする。入れと短く返事をすると、文を持った幸也が入って来た。



「主上への取り急ぎの文になります」



渡された文は又も有栖川当主からのものだった。



(何が取り急ぎだ・・・)




頭が痛くなってくる。どうせいつもの娘を取られた父親の愚痴の手紙なのだ。





幸也は王の変化を気付かないふりで部屋を出て行こうとした。関わりにならない方が良いと本能が訴えている。

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