それでも、まだ。
――パタン
神田は部屋を出た後すぐに書斎に戻り、後ろ手で扉を閉めると、そのまま扉にもたれかかった。
『…………。』
視線を先程までいた所に移すと、神田が調べていた本が無造作に散らばっていた。
そしてふらふらとそこへ歩いていくと、1冊ずつ丁寧に拾い上げ、元の場所に戻しはじめた。
――自分は、何も知らないまま帰っていくのだろうか。
黙々と作業をしつつ、神田は考えを巡らせた。
――何も、出来ずに。親友さえ救えずに。
神田はピタリと動きを止めた。
――真理さんはずっと此処にいる訳にはいかない――
――仕方ないことだ――
次々と先程言われた言葉が頭に蘇る。と同時に、胸がズキズキと痛み出した。
神田は座り込んだ。
『私、何がしたいんだろう…?』
仕方がないことなのに。帰れるのに。自分がいると迷惑なのに。自分が皆のなかに入るなんて出来ないのに…!
神田は顔をくしゃりと歪めた。
『…まだ、帰りたくないんだ…。』
そう、心の奥で強く思ってしまっているのだ。
いい気になって。皆に受け入れられた気になって…。
生きている世界が違うのだから、受け入れられるはずがないのに。
だから、帰ることを仕方ないと言われて、止められなくて、自分で勝手にショックを受けているのだ。そして、自分の無力さに。
『わがままだなぁ、私…。』
絞り出した自分の声は掠れていた。
そして視界がぼんやりと霞みだし、頬に冷たいものが流れるのを感じた。
『な、んで泣いてるんだろう、私……!』
神田は慌ててゴシゴシと目元を擦ったが、一度流れ出した涙はなかなか止まらない。
しばらくずっと擦っていたが、不意に自分の手の上に誰かの手が重なり、そっと神田の手は目元から離された。
『………あ……。』
赤くなった目を向けると、そこにはまた、ジルがいた。
…とても、心配そうな表情で。
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