それでも、まだ。
そのとき。
――――グォォォォオ!!
勇ましい雄叫びと共に、神田の首の圧迫は解放された。
『げほっ……はぁっ…』
何が起こったか分からずむせながらも神田が体勢を整えながら前を見ると、そこにいたのは全身真っ黒な毛並みの猛獣であった。姿は虎のような容姿である。そしてその足元には、使用人が潰れて煙が出ているのが見えた。
『なんだこいつは…』
ナージャも何が起こったか分からず呆然としていたが、その猛獣は今度は顔を神田の方に近づけた。
『…っ!』
神田は避ける間もなく咄嗟に目を瞑って身構えたが、神田の頬に触れたのは予想に反してふわふわをした毛並みだった。
『え……?』
神田が驚いて目を開けると猛獣はすりすりと神田に頭を擦り付けている。
何が何だかわからない神田であったが、首元をみて目を見開いた。
『もしかして……クロ、なの?』
首輪には猛獣の目と同じ藍色の石があり、その言葉を聞くと猛獣は嬉しそうに喉を鳴らしてペロッと神田の頬を舐めた。
『ど、どういうことだい?』
ナージャは未だに困惑した表情をしており、その様子にハッとして神田は立ち上がった。
『この子は拾ったんです。…そのときは猫くらいのサイズだったんですけど…。でもそれより、今のうちに手錠をなんとかしないと…』
するとクロは神田を押しのけてナージャの前に立った。
『クロ?』
神田は不思議そうにその様子を見ていると、クロはナージャの頬も一舐めすると、グルルと唸りだした。
『グォォォォオン!!』
先程の雄叫びとは違い、脳内に直接響いてくるような声で呻くクロに、思わず神田は耳を手で塞いだ。衝撃波が来たかのように、神田とナージャの髪は激しく揺れた。
『なっ…』
先に驚いた声を上げたのは、ナージャであった。続いて神田もナージャを見て呆気にとられた表情になった。
ナージャを拘束していた手錠は、クロの叫び声とともに、細かい砂となり、サラサラと下に落ちていったのである。