それでも、まだ。
『……神田。』
セシアは呟くように、しかしはっきりと神田を呼んだ。
神田は腕の力が強くなりすぎたかと、慌てて腕の力を緩めて顔を上げた。
しかしセシアはそういう意味で呼んだのではなかったのか、何も反応を示さず、黙り込んでしまった。
『…セシア?どうしたの?』
後ろに乗っているので、セシアの表情は見えない。神田が少し不安に思いながら言うと、それでもセシアはしばらく黙っていたが、ようやく口を開いた。
『…私の母さんについて、何か知ってるか?』
それは消え入るような声だった。知りたいけど知りたくない、そんな感情がこもっているような気がした。
神田は予想外の言葉に、一瞬どう返したらいいか分からなかった。セシアの母はセシアを産んですぐ亡くなったと聞いていたが、ここに来て、そうではないということを知った。
どう話すか、と神田が考えると、急にクロが止まった。
『わっ』
急な出来事に、神田もセシアに前のめりになった。
『クロ、どうしたの?』
神田がクロの背中をさすると、クロは呻き声を上げていた。なんだかとても苦しそうである。
その様子に神田とセシアがクロの背中から降りて、クロの前に立つと、クロはそのままくたりと倒れてしまった。
『クロ?!』
2人とも驚いてクロのそばにしゃがみ込んだ。すると、みるみるうちにクロの体は小さくなっていく。
『…にゃ』
そして元の猫のサイズとなった。もう表情はそこまで苦しくはなさそうである。
『…もしかしたら、時間の制限のようなものがあるのかもしれないな。あの大きな姿でいるのは。』
セシアがクロの顎を撫でると、クロはゴロゴロと喉を鳴らして気持ちが良さそうに目を細めた。
『…そうかもね。でもクロのおかげて逃げることが出来たよ。ありがとね。』
神田もホッと息を吐くと、クロの小さくなってしまった背中を優しく撫でた。
『私たちも少し休憩しようか。ここは安全じゃないかもしれないけど。』
『…そうだね。』
そして2人は側にある木にもたれかかるようにして、並んで腰を掛けた。