それでも、まだ。
『それだけを言い残して、リリアは二度と私に会いに来ることはなかった。でも、代わりに、お守りを置いていってくれたの。』
オルオレータは空を見上げた。
『リリアの言った通り、事件が起こってからこの漆黒の森はおかしくなり始めたわ。この森にいる動物たちは凶暴になって、殺し合いを始めた。…ほんと、弱肉強食の世界のようだったわ。』
神田は森でみた巨大な熊を思い出した。あれは、弱肉強食の世界で生き残った、とても凶暴な熊であったのだろう。
『でも、リリアのお守りはとても強い力が込められていて、この泉だけは無事だったの。私の力は癒しだし、この森のあらゆる生物…木も含めて、生きる源となる働きがあるんだけと、お守りはその力さえも守ってくれた。…でも、それがつらかった。』
オルオレータの頬に、涙が流れた。
『私だけ、守られて…この森の生物たちに何もすることが…できなかった…っ!どんどん凶暴になる生物、生気を失くしていく木々…見るだけで苦しかったわ。』
2人はなんと声をかけたらいいのか分からなかった。
『私はずっとここにいたから、12年前、森の外で何があったのかは分からないわ。ただ、その影響を受けただけ。でも、辛うじて、この森は生きていたの。…でも、3か月前、あいつのせいでこの森は闇に包まれつつある…。』
『シーホークか…』
セシアはポツリと言った。その言葉に、オルオレータは涙を拭いながら頷いた。
『ええ。今思えば、ずっと時期を伺っていたんでしょうね。奴は。そして奴はこの泉にも近づき、リリアのお守りを壊した。』
神田はシーホークの無機質な笑みを思い出して寒気がした。
『お守りが壊れた瞬間、自分自身にとてつもない闇が押し寄せてくるのが分かったわ。あのお守りはそれほど強い力を持っていたの。だから、私は咄嗟に泉を凝縮させて、奴をなんとか退けたわ。闇にとって、癒しの力をいうのも少しは苦手のようだったしね。』
『だからこんなに小さくなったんですか?』
『…そういうこと。3か月前はもう少し大きかったんだけど、闇が大きくなるにつれて自分を保つのに必死で、どんどん泉は小さくなってしまったわ…。一週間前くらい、この森が急に闇に包まれたでしょう?そのときにこの大きさになったわ…。』
オルオレータは胸の前で両手をギュッと握った。
『そこからのこの森の衰退は凄まじかったわ。もう私がどうこうする問題じゃなかったわ。木々は死に、ついには生き物さえも絶滅しつつある…。私があのとき奴にお守りを壊されていなかったら…』
そういってオルオレータはまた涙を流し始めた。