それでも、まだ。
『あ、あなたはあの時の…!』
神田が驚いて目を見開いていると、奥から威勢のいい声が聞こえてきた。
『はいはい、いらっしゃーい。……あらあらあら、随分と珍しい子が来たね〜!』
神田が老人から視線を外して声のした方を見ると、そこには大柄な女性が立っていた。その女性は髪を団子結びにしてまとめ、服の上からは長いエプロンを着用していた。
近所に1人はいる、元気なおばちゃん、という言い方が似合うような雰囲気だ。…あれ、なんか例えがおかしい。
『ん〜、もしかして、真理ちゃんっていうの?』
おばちゃんはにこにこしながら神田に話しかけた。その笑顔には、なんだか温かいものがあった。
『は、はい!でも、どうして私の名前…?』
神田が不思議そうに聞くと、おばちゃんは豪快に笑った。
『アッハッハ!な〜に、レン達から聞いたのよ。かわいい人間の女の子が来た〜って。』
『レンさん達が……?』
『そうよ〜。なかなか評判いいわよアンタ〜。…あ、私はこの市場を経営している蘭よ。よろしくね。』
蘭が大きな手を神田に差し出したので、神田は慌ててその手を握りペこりと頭を下げた。
『か、神田真理です。こちらこそよろしくお願いします、蘭さん。』
蘭はフッと笑った。
『…噂通り、いい子だね。…真理ちゃん、買う物はなんだい?』
その言葉に、神田はアヴィルから渡されたメモを蘭に差し出した。
『これです。』
『はいよ。ん〜、じゃあちょっと待っててね。』
『はい。』
そして蘭が再び奥に行ってしまったことを見届けてから、神田は老人へ視線を戻した。
老人は神田の方を見て微笑んでいた。…相変わらず目はマントで隠れて見えなかったが。
しかし墓場で見たときのように、恐怖心は沸いてこなかった。
『…その様子じゃと、早速会えたようじゃのう。』
『…おかげさまで。…あなたは、何故ここにいるんですか?』
誰に、なんてことは分かりきったことだ。
神田は若干緊張しながら尋ねたが、老人は質問には答えずに、さらに言葉を続けた。
『じゃが、まだ終わっておらんぞ、お嬢さん。』
『……え?』
神田は老人の言った意味が分からなかった。だが老人は構わず続けた。
『2人が試されるのはこれからじゃ。もし失敗すれば……2人とも悲惨な最期を迎えるじゃろな。』
『何言って……』
老人の言葉をうまく飲み込めずに問い返そうとしたとき、神田の足元に気配を感じた。
『…にゃー…』
神田が下に目をやると、白猫がすりすりと神田の足を擽っていた。
『ここまで付いて来ちゃったの……?』
神田が呟くと同時に、この場の空気が揺れた気がした。
そして神田が目線を上に上げたときには――…
『……あれ…?』
老人は消えていた。
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