きみとぼくの、失われた時間


やっと会話が弾み始めて小二時間、「ごちそうさま」遠藤は軽く食器を重ね、羽織っていたジャケットを手に持った。

どうやらお暇するらしい。
秋本が明日当直だってことを知っているらしく、今日はもうお暇すると部屋の主に挨拶を交わしていた。

もう帰っちゃうのか、折角空気が砕けてきたのに。

残念だと思う反面、遠藤も仕事してる身の上、長居はできないんだろうなと納得。学生の俺と違って、秋本も遠藤も社会人。

時間があるようでご多忙な身の上に立っている。

知っているから、無理に引きとめようと思わない。


でも名残惜しいと思うのは、アラサーの遠藤と普通に会話できているからだろう。
 

だって1996年の遠藤とは喧嘩別れ、というか、怒らせて終わっているからさ。純粋に楽しかったんだよ。
 


せめて挨拶でもしよう。
 


そんなことを考えていると、「じゃあ行くか」某リーマンは俺に声を掛けてきた。

三拍くらい間を置いて、「はい?」俺は何の話だと相手に尋ねる。

すると遠藤は悪戯に成功したような顔を作る。


え、なに、お前、何を企んで…。


唖然とする俺を余所に、秋本は寝室に置いていた俺の通学鞄を持って来て手渡してくる。

「楽しんでらっしゃい」

ポンッと背中を叩いて押す彼女は、遠藤に迷惑掛けないようにっと教師らしい注意を促してきた。

要約するとそれは遠藤宅に行って来い、迷惑はくれぐれも掛けないようにってことか? 泊まりに行けって?
 

驚愕。

二人は俺の知らないところで勝手に予定を立てていたらしい。

 
「き、聞いてねぇよ!」二人に異議申し立てれば、

「今言ったじゃない」なんとも子供染みた返答が返ってきた。
 

プチパニックを起こす俺の背中を押しながら、秋本は何かあったら連絡ちょうだいと遠藤に声を掛ける。

頷く遠藤は革靴を履いて、俺に早くスニーカーを履くよう指示して、お邪魔しましたの挨拶。

ほぼ強制的にスニーカーを履いた俺もつられて同じ挨拶をしたんだけど、秋本に違うでしょうっと微苦笑を向けられた。
 
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