きみとぼくの、失われた時間
「ありがとうね、坂本。今日はすっごく楽しかった」
絶景を楽しんだ俺達は階段を飛び下り、急斜な坂を下っている真っ最中のこと。
前触れもなしに永戸が俺にお礼を告げてきた。
少し前を歩いていた俺は振り返って、目尻を下げる。
べつに俺は街中を連れ回しただけで何もしていないし、俺自身も今日は凄く楽しかった。だからお礼は不要なんだぞ永戸。
相手にそう言えば、「君って不思議な人だね」永戸は微笑を零した。
「坂本、君、病弱ってのは嘘だろ? 僕より体力あったし」
その答えについては曖昧に笑みを零す。否定しても良かったけど、後々の弁解が面倒だから受け流すことにした。
敢えて深く聞いてこない永戸だったけど俺が視線を戻して前を向いて歩いている途中、長く伸びた自分の影を見つめ、スーッと目を細めていたことには気が付かなかった。
「ねえ坂本」
声を掛けてくる永戸に、また振り返って相手を見つめる。歩みは止めない。
数秒の間を置いて、永戸は満面の笑みを作った。
「今度はさ、三人旅してみよう。島津を入れてさ」
「おう」俺は力強く頷いて、三人旅しようなと頬を崩す。
約束だと言う永戸に、ちょっと困りつつも約束だと返して、俺は数メートル先まで駆ける。
んでもって、「早く来いよ」おいでおいでと手招き。
はいはいと肩を竦める永戸は、駆け足で俺の隣に並んだ。
明日はちゃんと学校に行こう、決心する永戸にそれがいいと俺も賛同する。
折角、学校に行ける境遇にあるんだ。
久野って奴等の事はあるだろうけど、他に友達もいるだろうし、島津だっている。
永戸は学校に行くべきだと思うよ。
相手に綻ぶ。
片隅で羨望を抱いているのは俺だけの秘密だ。