きみとぼくの、失われた時間
「あ、そうだ遠藤。今度飲みに行かねぇか。駅前に美味い居酒屋ができたらしいんだ」
寺嶋は引き出しから判子を取り出した。
書類に押すために、ケースを開けた刹那、ガタッ、勢い良く隣人が立ち上がる。よって驚いて判子を落としてしまった。
「おい遠藤」驚かすなって、寺嶋の注意を右から左に聞き流す遠藤は呼吸を忘れて目を白黒させている。
様子に不審を抱いた寺嶋が恐る恐る声を掛けた。
反応を示さない遠藤は、ただただ定まらない焦点を宙に泳がせている。
まさか身内に不幸でもあったのか、聞いてもやはり反応はしない。できなかったという方が正しいだろう。
と。
遠藤が席を離れてしまう。
何処に行くのかと訊ねれば、手洗いだと早口に返された。
嘘だと分かっていたが寺嶋は、何も言えず、今しばらく気鬱に仕事を進めるしかなかった。