きみとぼくの、失われた時間
「お前は美人になったよ」
本当に美人になった、自信を持ってこれからの恋愛に望める。
ほんとだぞ。マジだぞ。嘘じゃないんだぞ。
アラサーって馬鹿にしてきた俺だけど、俺はお前の笑顔に何度も救われた。
大人びたその笑みに胸を熱くした。
その優しさに鼓動を高鳴らせた。
俺は15のお前に恋して、30のお前にも恋していた。
きっと、そう、きっと。
目に掛かっている前髪を払って、俺は秋本の頬を撫でる。
「惚れた相手が言うんだ」
お前は美人さんだ、自信持てよ。
頬を崩して繰り返す。お前は良い女だよ。
どうしてだろう、繰り返しているうちに何だか虚勢が崩れてきた。
言葉に形作っていくうちに、傍にいられないって実感が湧いてきたのかもしれない。
俺の視界が微かに揺れる。
もっと男前に何か言ってやりたいのに、気の利いた言葉を言ってやりたいのに、言葉が宙で迷子になってしまう。
その点に関しては俺、やっぱり子供なのかもしれない。
ふっと秋本が俺の目尻を片親指でなぞってきた。
「あんたはさ」
まだ私のこと、好き? 15の自分に対する気持ちは知っているけれど、30の自分に対する気持ちはまだ聞かせてもらっていない。
だから教えてと、何処となくヨユーある笑みを作ってくる。垢抜けたその笑みに年の差を感じる。
同級生でありながら、同級生じゃない俺等。
気持ちはなんとなく生徒と教師の恋愛物語を綴っているよう。
だけど俺達は正真正銘、1996年に同じ場所・時間・教室で生きていたクラスメート。
15と30、俺は二度、同じ人物に恋した。
つまり俺の気持ちは二倍、好きってことになる。