きみとぼくの、失われた時間
心臓を鷲掴みされたような錯覚に陥る。
秋本、お前、自分が何を言ってるのか分かってるのか。
お前の願いは、ガキの俺でも理解できるほど、辛いものなんだぞ。
俺が秋本だったら、絶対に辛い、その願い。
けれど彼女は俺に言うんだ。
突然消えられた方がもっと辛いのよ、と。
そんなことされてしまったらまた自分は何年もなんねんも、淡い期待を抱いて捜してしまう。帰りを待ってしまう。
だったらちゃんと現実を受け止めたい。
秋本はそうのたまった。
「大丈夫」私は大人だから、余裕があるのだと胸を叩く。
根拠のない強がりだ。
俺は尻込みしたけれど、彼女の言い分も理解できる。
不本意だとはいえ、忽然として消えたせいで、俺は大切な人達を傷付けてしまったのだから。
「それにね」
あんたに帰る場所を作ったのは私よ、秋本は軽く俺の頬を撫でる。
言ったことは最後まで責任を持って果たしたい。
教師らしい台詞には、確かな好意が含まれていた。今の俺には分かる。
「消えるんだぞ」「ええ」「辛いぞ」「分かってるわよ」「今なら撤回できるぞ」「しないわよ」「嫌って言ったら」「泣く」「ガキ」「煩いわよ」「アラサーのくせに」「そのアラサーとキスしたのは?」「………」
どうあっても秋本先生は譲ってくれないらしい。
泣きたい気持ちを抑え、俺は葛藤の末に承諾。
俺を好きだと言ってくれる彼女の最初で最後の我が儘を受け入れることにした。
すべてが終わったら、またお前のところに戻って来ると約束を取り付ける。
最後は彼女の傍で迎えると微笑した。
……なんだか、こんなことを言うと本当に死ぬみたいで嫌な気分になるけど、表には出さなかった。出したところで現状は変わらない。