きみとぼくの、失われた時間

ポタポタと滴る髪にタオルを被せて居間に入ると、化粧を終えた秋本が手早く片付けをしていた。

俺の姿を見るや否や、「アリエナイ!」秋本は床に水滴が垂れていると注意。

少しくらい良いじゃないかと肩を竦めると、鋭く睨まれた。おぉおコワイコワイ、後でちゃんと拭くって。


「まったく。あんた本当に15なの? 来なさいよ」
 
 
無理やりテーブルに着かせてくる彼女は、ゴッシゴシとタオルで俺の髪を拭いてくる。

拭かれている感触はあるけど、痛覚はない。

だから俺は余裕綽々に「乱暴な手つき」と揶揄してやった。

煩いと一蹴する秋本は、ドライヤーで俺の髪を乾かし始める。


一から十まで手の焼かせる男だと毒を吐く彼女だけど、満更でも無さそう。

現金な15は胡坐を掻いて世話を焼いてもらう幸せを噛み締める。
 

「なあ、秋本」「なによ」「呼んでみただけ」「なにそれ」呆れる彼女にさえ、心が満たされる。俺は今、本当に幸せだ。


ドライヤーの熱風が止まり、歯の細かい櫛で髪を梳いてもらう。

縺れ合った髪も櫛のおかげでサラサラになっているだろう。櫛の通りが次第次第に良くなった。

「よし」合図で俺は振り返る。

「サンキュ」目尻を下げて、自分でする手間が省けたと悪戯っぽく笑った。


呆れる彼女だったけど、デジタル時計を見てそろそろ出ようかと話題を切り替える。
 

大きく頷く俺は、胸を躍らせながら腰を上げた。
 

本当に今日が待ち遠しかった。

だって遠藤と秋本と俺の三人で休日を過ごすんだぜ?
三人揃って遊ぶってなかったから、すっげぇ楽しみだったんだよな。

通学鞄を手に取った俺は、大事なキャップ帽も鞄に仕舞った。

今日は帽子も無しだ。
顔を隠す必要ないし、顔見知り同士で遊ぶんだし。
 

玄関でスニーカーを履いた俺は、「秋本早く」遅刻すると声音を張った。

まだ十二分に時間があると返事が飛んでくるけど、一分一秒でも無駄にしたくない俺は早く早く、と急かす。

よってガキだと毒づかれた。
いいじゃんかよ、童心は大人になっても持っていて損はないと思うぞ?

アラサーになると心が荒んじまうのか?

と、まあまあ、余計な一言を言ったせいで、拳骨を食らったのは余談にしておく。
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