きみとぼくの、失われた時間
不貞腐れる秋本はもういいとばかりにそっぽを向いた。
ホンットお前って素直じゃねえな。アラサーのお前が呆れていたほど、素直じゃない。
クスクスと笑声を押し殺す。
なによとばかりに相手は睨んできたけど、俺は笑うだけで何も言わない。
もっと不貞腐れる秋本は一の字に口を結んで、顔を隠すようにテーブルへ伏してしまう。
声を掛けても聞く耳を持ってくれない。
完全にへそを曲げてしまったようだ。
だから俺は勉強道具をそのままに、腰を上げて秋本をつつく。
じろっと睨んでくる彼女を手招きして、俺は廊下を指した。
むすくれている彼女は俺の案に乗ってくれたようだ。腰を上げてくれる。
気付かれないよう保健室の先生の目を盗んで廊下に出ると、俺は彼女を連れて昇降口へ。
そのまま靴も履き替えず外に出た。
「ちょ、ちょっと」
上履きのまま外に出るの?
尻込みしている彼女を尻目に、俺は青空を見上げる。
嗚呼、いい天気だ。
1996年の空は15年後の空とちっとも変わりない。
何処までも澄み渡った空が続いている。
視線を落とす。俺の足元には楕円形の影が引っ付いていた。
よく目を凝らせば、人間の形をしている。影があることで俺は思い知らされるんだ。
此処で、この世界で、1996年という時代で生きているのだと。
そう、風がそよぐこの世界で俺は生きている。