きみとぼくの、失われた時間
居ても立ってもいられなくなった秋本は、真偽を確かめるために車を走らせた。
突然、蛇行し始める暴走車に向かって多々クラクションを頂戴したが、秋本はそれどころではない。
少年が渡った歩道に車を寄せ、キーも取ることを忘れ、転がるように下車する。
文字通り転がってしまう、スカートから覗いていた膝をアスファルトで擦り剥いてしまった。
擦り傷なんて何年ぶりに作っただろうか。
だが構っていられない。
秋本は地を蹴って少年が消えたであろう方角に駆ける。
目を瞠ってしまった少年はすぐに見つかった。
なにせ向こうの歩調が亀並みに遅かったのだから。
運動不足だろうか、すぐに息切れをしてしまうが、秋本は少年の背を追い、追い駆け、そして彼の左腕を掴んだ。
振り返る少年は突然のことに目を白黒。
「え、なに?」
俺に用ですか、と少年は怖じを抱き、どことなく挙動不審になっている。
秋本は荒呼吸のまま、少年の顔を見つめた。
忘れもしないそばかすに、切れ長の目、右耳のほくろ。
どれを取っても色あせた自分の記憶の中に潜む少年と酷似している。
こんなことってあるだろうか、ないだろう、あるわけないだろう。
干乾びる口腔に無理やり唾液を送り込んで、秋本は恐る恐る少年の胸ポケットに視線を向ける。
正しくは胸ポケットに縫い付けられている名札に目を向けた。
○×中学校 三年七組
坂本 健
今の自分の勤務先の中学。
けれど今の三年には七組なんて存在しない。
何故なら学区が分かれ、中学が近場にもう一つできたのせいで生徒数が少なくなったのだから。
四組までしかないのだ、自分の勤務先の中学は。