透明水彩
「美凪、ちょっといい?」
珍しく理人に誘われて連れて来られたのは、地下6階にある体育館ほどのトレーニングルームだった。
「何?」
「うん。一応美凪にも、ある程度の護身術くらいは身につけてもらおうかと思って。」
「へぇ。」
そう言う理人は、確かにいつものスーツ姿とは違って、動きやすそうなジャージ姿。そして未だ広い室内をぐるっと見渡すあたしに向け、小さく自嘲的な笑みを零した。
「……とは言っても、きっと体術の腕は美凪の方が上かもね。」
「ははっ、それはない。さすがに力で負けちゃうよ。
……それに、試合と練習以外で使ったことないし。いざという時、まるで役に立たない。」
理人が自嘲気味にそう言うのも、あたしが小さい頃から多数の武道を嗜んでいるのを知っているから。
多数、と言っても、今現在まで続けてやっているのは柔道だけ。でもその柔道だって、大会ではある程度自信を持てるけれど、いざという時にはまるで役に立たせることができない。
現に、あの日。
刺客に襲われた日だって、身体は動かずあたしを庇った理人に怪我を負わせてしまったのだから。