誓~天才演技者達の恋~
『何を思ったんだろう。
私には、賢斗しかいないのに...』
ユリアは数分前までの気持ちを封印する。
それは誰よりも辛くて、儚い想い。
「ユリア?」
「今抱きしめているのは、菊花ユリアで、あなたの好きな“しろのゆりあ”さんじゃありません。
だけど、私は白野百合亜さんの分も抱きしめています」
矛盾している想いを隠し、矛盾しているような行動をする。
卓也はユリアに抱きしめられながら、ある言葉を思い出した。
「百合亜が百合亜じゃ無くなった...時?」
ボソリと呟いた言葉に、ユリアは聞こえなかったらしく無反応。
卓也は「もういい」と笑顔で言うと、ユリアから離れた。
「なぁ、その人がその人じゃ無くなった時って..どんな時だと思う?」
「えっ!?意味が分かりません」
「だよな。俺も分からない」
卓也はそう言うと、立ち上がってユリアの手を引く。
ユリアは引かれるがまま、ロンドンを歩く。
「ビッグベンでも行ってみるか?」
「えっ!?遠いんじゃ...」
「なんとかなるだろう」
もう日は落ちて、街灯がまぶしく感じる時間。
ユリアは何も言わず、ビックベンに向おうとする卓也について行く。
「ねぇ、私ね。記憶喪失なの。
だから、しろのゆりあさん知らないの!」
「あぁ?車で聞こえなかった」
「何でも無いよ」
ユリアはそう言うと、頭を抱えた。
麻紀との記憶がよみがえる。
「イッ!!」
ユリアは床に躓くと、そのまま倒れていく。
卓也は間一髪受け止めるが、ユリアの額には、大量の汗がこぼれていた。