oneself 後編
「そうなんですか」


眼鏡の奥の目が、笑うと線のようになくなる。


自分の父親に近い年齢の男性に、失礼かも知れない。


でもその表情は、すごく可愛らしかった。


彼の話によると、こういうお店に来たのは2度目で。


1度目は、もう何年も昔に、会社の先輩のおごりで連れて来てもらったと言っていた。


「今日は少し嫌な事があってね、飲みたい気分だったんだ」


そう言って、グラスを手に取ると、ゴクゴクと一気に喉の奥に流し込む。


無理矢理、キャッチに引っ掛かった訳じゃないんだ。


彼の意思でここに来た事を聞いて、少しホッとした。


彼の飲み干したグラスに手をかけ、氷を足し、ブランデー、水の順に注ぐ。


マドラーでかき混ぜ終わるまでの間、あたしはそれに一生懸命で。


そんなあたしを彼が見つめていたのに気付いたのは、「どうぞ」と、それを差し出した時だった。


「そんなに見つめないで下さいよ」


からかうようにそう言ったあたしに、彼は柔らかい笑顔で言った。


「すごく丁寧に作ってくれるなぁと思って」


ただ慣れてなくて、遅いだけじゃない。


普通ならそう思ってしまうと思う。


でも彼の言葉からは、不思議とそんな風には感じなかった。


「急いで作ろうとすると、こぼしてしまいそうなんです」


そう言って笑ったあたしに、彼も目を細くして笑い返してくれた。


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