oneself 後編
前田さんがお店にやって来たのは、それから少し経った頃だった。


翼を指名していた、波多野さんと一緒に。


同伴した客は、入れ違いで帰ったところで。


翼は計算して、この時間に波多野さんを呼んだのかと思うと、感心した。


席に着き、来てくれた事と指名してくれた事に、お礼を言う。


「給料入ったしな」


そう言って、二人は笑っていた。


この前と同じように、ビールで乾杯。


喉が渇いていたあたしは、不思議な事に、ビールを美味しいかも知れないと思った。


最初は4人で、とりとめもない会話をしていた。


「こいつマジでミライちゃんに惚れたみたい」


「きゃ〜!」


波多野さんと翼の冷やかしに、前田さんと視線が合う。


あたしと前田さんを、からかっているだけ。


こういう席では、それは社交辞令のようなもので。


深い意味なんて、ないと思っていた。


でも、否定する訳でもなく。


照れたように目を反らした前田さんに、少し胸騒ぎがしたんだ。


次第に、翼は波多野さんと、あたしは前田さんと、二人で話すようになった。


誕生日、血液型、好きな歌手など、前田さんは事細かに聞いてきた。


別に、困ってしまうような質問ではない。


でも何となく、どうしていいか分からなくなった。


やけにあたしに興味を示す前田さんに…


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