oneself 後編
今日が、何度目の出勤だろう。


もうお店の雰囲気にも、ビクビクしなくなった。


「かわいいね」


…なんてお世辞を言う客に対して、作り笑顔でお礼を言えるようになった。


口下手だったあたし。


それでもここでだけは、リップサービスも覚えた。


今あたしの隣には、前田さんが座っている。


あたしは指名を取るために、営業を始めた。


「ミライちゃん俺以外の客とも、連絡先交換したりしてんの?」


「ううん、何かそういうの怖くってさ」


あたしは小さく首を横に振ってみせる。


彼は本当に純粋で、単純で。


あたしの初めての指名の客。


あたしの唯一の連絡先を知る人。


きっと彼は、そんなあたしの嘘を信じて、自分は特別だと思っている。


あたしは営業をしていくと決めた日、まず斎藤さんにメールを送ったのだけれど。


前田さんの分かりやすいくらいの、あたしに対する好意。


でも、それに困っていたあたしは、もういなくて。


むしろそれを、利用しなきゃなんて思うようになっていた。


< 120 / 244 >

この作品をシェア

pagetop