oneself 後編
そんな気なんて、さらさらないくせに。


哲平を試すような事を言うあたしは、やっぱり仕事に偏見がないだなんて言ったって、どこかでキャバクラとは全く違うものだと、線を引きたかったのかも知れない。


哲平の一番のお客さんは、雑誌にもバンバン顔出しするような、有名店で働く風俗嬢な事を、あたしは知っている。


そして、その子が哲平をすごく好きな事も、哲平がその子に必死で色をかけている事も。


そう、哲平と腕を組んでいるのを見かけたあの子だ。


哲平は少しだけ驚いた顔をして、もう一度、焼酎の水割りに手を伸ばした。


嫌でしょ?


あたしが自分以外の誰かと、そんな事をするなんて。


あたしは哲平にとって特別だと。


あの子はだたの客でしかないと。


好きならそんな仕事はして欲しくないと。


あたしはそんな言葉を待っていたのに…


「そこに事情や目標があるんなら、そう思うんちゃう」


あの低い声で。


表情はピクリとも変えないで。


哲平はそう言った。


わずか1メートル弱ほどの、テーブルの向かいに座っている哲平が。


手を伸ばしても届かないほどに、はるか遠くにいるような気がした。


唖然とするあたしに、哲平は少し大袈裟なくらいに明るい声で、「もう冷めてるやん」と、鶏のから揚げを突っついた。


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