oneself 後編
お店に入ってしばらくした頃。


鞄の中の携帯が震えた。


偶然にも、手鏡を取り出そうと、膝の上に置いた瞬間だった。


時刻は朝の5時過ぎだ。


一体誰だろう。


着信 幸子


ディスプレイに表示される文字を見て、あたしは慌てて通話ボタンを押した。


「幸子、どうしたん!?」


店内はうるさかったので、お店を出たところの非常階段まで小走りで向かう。


少しずつ騒がしさが聞こえなくなり、向こう側の音がはっきりしていく。


グスッ…、グスッ…


鼻水をすするような音。


ウッ…、ウッ…


小さく聞こえる嗚咽のような音。


間違いない。


幸子は泣いているんだ。


こんな時間にかかってきた電話。


今まで泣いた事のない幸子の涙。


あたしは混乱する頭の中を整理しながら、小さく唇を噛むと、幸子に尋ねた。


「何か…あったん?」


それでも、何の返事もなく…


明らかに何かがあったんだと思わせる、幸子のすすり泣く声だけが聞こえた。


「大丈夫…なん?」


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